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♮ 低質すぎる・・・日刀保の入札鑑定会-1

Copywritting by Nobuo Nakahara

どうも最近は日刀保の方針転換によるのかもしれないが、入札鑑定を嫌う傾向にあるようである。しかし、これには大きな誤解と無理解によるものである。

入札鑑定会の講師は鑑定刀に使用する刀の正真さを予め見極めたものを使用しなければならない。また、そうでなければいけない。無銘は極力避けるべきであって、正真、在銘に限るとしても過言ではない。つまり、講師の目に叶ったものが教材として鑑定刀に使用されるのであるから、講師が欺されていたら、これは悲劇になる。

そして、一番大事なのは入札終了後に銘を入札者全員に見せて、講師の目に叶ったものを見てもらい、それを繰り返すことにより、愛好家の目を正しい方向に持っていくのが本当である。

 

つまり、入札鑑定が終了し銘を公開し、その鑑定刀一本づつを講師が解説し、入札者の質問や疑問に答える時間を十分に設定するのが本当である。講師との応答で入札者は育ち、それを基本としながら段々と鑑識眼(鑑定眼ではない)をレベルアップしていくのであり、それが上述の正しい方向である。

従って、銘を入札者に見せた時から、本当の鑑定会が始まるのであって、入札して「当り」又は「否」(いや)などという回答に一喜一憂しただけで、結果として「当り」をとればそれで良いという短絡的思考で、鑑定刀の銘や講師の解説も聞きもしないで帰ってしまう人もいる事も事実。

 

では、日刀保は今までに、前述のような十二分な時間をとったであろうか。私の聞きたいのはこの点である。恐縮ながら、私は昭和53年12月に初めて自分の研究会を開催し、また開催してもらったが、この点については十分に配慮したつもりであるし、現在も理想を求めてこの点について追求し続けている。しかも、私は入札鑑定会の成績を段々と発表しなくなった。それは入札者自身が自分の成績結果を自己判定すれば良いだけであり、それよりも講師の説明や応答に意を注ぐべきが本当であったからである。

 

これを戦後の日刀保はどのように考えていたのか。例えば、昭和48年以前の日刀保全国大会や本部鑑定会などでは、本間、佐藤、村上、本阿弥日洲、池田、末松、沼田鎌次、加島進氏等が分担して陳列刀、鑑定刀の解説をしていた。これならばマシであるが、私の知る限り、最近の日刀保全国大会のみならず、本部鑑定会ではどうであったのか。

人数が多いから銘は後で『刀剣美術』に掲載しますでは、果たして役目が果たせたのか。こうした点も、今一度はっきりと自己批判をして方針転換するなら結構ではあるが、入札での点取りだけに力を注いではいけないなどと、果たして現在の日刀保執行部はいえるのか。誤解と無理解も甚だしい。つまりは現場を全く知らない連中が、のたまう事であり、先人の考えた事を馬鹿にするのもいい加減にしろといいたい。

それにしても学芸員は、反論、反対しないのかね。まるでいいなりの典型で宦官か。おっと、失礼。女性学芸員もおられたな!
(文責・中原信夫)

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