INTELLIGENCE
♮ 刃区と棟区
Copywritting by Nobuo Nakahara
今回は従来からほとんど言われてこなかった点について、少し述べてみたいと思います、
私は刀を鑑る場合に、口やかましく言う事に一つに、刀が磨上っているのか否かを言うのですが、今回はそれと少しは関連することを指摘してみたいと思います。
刀(太刀、脇指、短刀等)には刃区と棟区が必ず存在するのであり、これらがないと鎺がとめられず、鎺の用をなさなくなります。つまり、刃区と棟区という普段あまり注目される事のない部位ですが、その中でも刃区は少しは刀身の健全度のバロメーターとして取扱われていることもありますが、可哀想なのは棟区です。刃区は深い方が刀身は健全とされてきましたが、この点については拙著『刀の鑑賞』でも詳しい見方、考え方を述べています。また、既述の書籍も含めて棟区について、基本的にも述べた例は全くないのですが、拙著で既に述べているのを今一度参照してもらえれば幸甚です。
さて、前置が少し長くなりましたが、ほとんどの人は刃区と棟区は一直線状にある筈と、また、あるべきと思い込んでおられると思いますが、真実はそうではありません。
つまり、概ね刃区の方が棟区のラインよりも上になっているのが殆んどです。この理由は一体何なんでしょうか。
それは、刃区が棟区に較べてはるかに多く欠損しやすいという点にあります。刃区はいわば中心と刀身の刃部との境目にある部位であって、焼が入っていて剛い。しかも、三角形状に近く突出した形状で不安定ですから、刃区の「カド」つまり、「刃先の区角(まちかど)」が欠損しやすく、そこが大きく、そして殆んど無くなる程に欠損すれば新しく刃区を形状として作らなければならなくなります。
こうした場合には二つの選択方法で整形補修します。第一に刃先を引いてしまう。しかし、欠損部分が大きければ、中心の刃方を削り込んで「刃区の中心区角」を棟側方向に削り込んで、作り直さなくてはならなくなり、実際にこうした所作もかなり多く見られます。こうした点を逆に捉えて、刀身の健全度や振袖中心の真の捉え方を拙著では述べてあります。
さて、その二です。刃区の欠損程度によっては、刃区の水平部(これが刃区の深さのライン)をほんの少し上へあげてしまう方法です。(A)図に示された点線のラインが原形のものですが、(A)ではその点線ラインよりほんの少し上に刃区が設定してあります。ただ、この方法でも中心の刃方は少し削ることになりますが・・・。
ではどうして棟区は刃区ほどの変形(欠損)がないのでしょうか。欠損はないことはないのですが、刃区部には焼が入って剛いのに較べ、棟区にはほとんど焼は入っていないから、また、分厚い(刃区の部位より)ので欠損しにくいのです。〈ただ、ごく少ないですが現代刀工で「生」の時(打卸)に、この棟区部分に焼を入れるケースがあると聞きます。〉
したがって、棟区は刃区に較べて刀身の上の方へ移動する事は極めて少ないのです。しかし、棟区は刃区と同様以上に変形するのです。つまり、刀身が曲がったり棟が錆ついたりした折の研磨では棟を、つまり棟筋を真っすぐに通さなければいけないので、棟の庵の高さを崩して削り、整形します。これが下部の棟区にも及び、段々と棟区が低くなり、ひいては中心の棟方との接点に棟区の立上(たちあがり)がほとんどなくなるという現象が発生してきます。したがって棟区も刀身の健全さに深く関わっているという事になり、無視出来ない見所といえますが、従来からは全く等閑視されてきたのです。
それから、棟区を上へ上げる(移動する)事は簡単ですが、刃長は棟区から計測するので、近代では少しでも刃長を短くしたくない(長くしておきたい)ケースが起きる点も見逃せません。
つまり、刀は最初作られた時から減る一方であるという事です。刃長は短くなる、反は浅くなる、身幅は狭くなる、重ねは薄くなる・・・これが刀の唯一の真理です。
また、刃区がほんの少し(A)の点線のラインから上に上がっても、鎺の中に刃区は隠されるので、私達は気付きにくいのです。こうした点を全て理解した上で刀を見ていくと、「生」中心とされていても、ほんの少しの区送のあるものがほとんどで、古い刀なら尚更です。当然、ほんの少しにしても区送にしてあるかと言うようなケースでは、中心棟と棟区との接点(棟区の中心区角)をよく精査しなければなりません。この棟区との接点からすぐ下の中心棟の肉置が下の方に比べ変っていたり、ヤスリ目や角度が下の方と違うというケースもよくあります。この様な所作が確認出来れば、後世に加工されているという事になりますが、こうした精査は“アラ探し”ではないという事を十分に認識した上、刀に対しても持主に対しても失礼のない態度で観刀するべきである事は言うまでもありません。
因みに、現代刀工の作というか、現代刀でも刃区と棟区のラインを一直線状に外さずにキチッと施すのは決してやさしいという事はありません。
私は何度かやってみましたが、全てうまく施せなかった苦い経験があるのですが・・・。
(文責・中原信夫)