中原フォーラム HOME
INTELLIGENCE

+ 装剣具(小道具)について【第三章】

Copywritting by Nobuo Nakahara

 

前回に引き続いて鐔❶・❷・❸の裏面の解説と出来ばえの巧拙について私見を述べていきます。
この❶〜❸の図柄には二匹の蝶が共通しています。❷・❸は二匹の蝶のかさなり具合が全く殆んど一緒ですが、❶だけは違っています。では、❶が良いか、❷と❸が良いのか・・・つまり、図柄であり躍動感の問題でもあるのです。結論は❷・❸の方が良いという見方よりも、❶の図柄より、❷と❸の方がはるかに秀れているといった方が正しいでしょう。

 

 

 

どうしてそう言えるのか、❶では例えていうならば、二匹の蝶が彫られているのに、二匹の重なり具合が悪く、その効果は1.5匹分しか感じられないばかりか、何となく団子状となって、ただくっついているとしか感じられないのです。これでは躍動感も立体感も乏しくなり、おまけに二匹の蝶に同じように金色絵を施してしまっているのです。これでは強弱の感じも乏しくなってしまいます。おそらく、二匹の蝶には雌雄という意味があると思われるのですが……。いずれにしても、裏面では二匹の蝶でしか表現していませんし、昆虫標本の蝶ではありませんから、この二匹の蝶を如何にうまく、そして効果的に造形・彩色して配置するか、ここに図柄の生命がかかっているという事は、もう読者の皆様にはおわかり頂ける筈だと思います。

 

では次に、❷と❸ではどちらが秀れているのでしょうか。まず蝶の形から見ていくと、❷の蝶の羽根はやや丸みを帯びているのが見てとれ、シャープな感じが乏しく、羽ばたいて飛んでいるという感じは少なく思われます。それに較べて❸の蝶の羽根はシャープな感じを与え、その全体の形が空を飛んでいる様を見事にそして写実的に捉えています。夏雄は写実の極(きわみ)の作者であり、それを又さらにデッサン化しているのが最大の特徴と思われます。写実に徹して全体の配置をワンポイントでデッサン化を全面に出す手法と言えます。

更にそのデッサンを引き立てるのが、鐔の外形に施された打返耳でしょう。❷の打返耳は全体的に平均した太さですが、❸は二匹の蝶のあたりと「角印銘」のあたり、つまり下部に強弱をつけて打ち返しています。こうしたメリハリというか、強弱というか、それが鐔の図全体としてみた時、上部には何も彫っていない空間を生かしています。これがデッサンと言えるものなのです。

打返耳については❶にもありますが、打ち返した太さに❸程の強弱はなく、逆にその打返耳の太さが鈍重に感じられ、気の利いたシャープな仕上がりになっているとは思えません。

また、❶の蝶二匹は、鐔全体の大きさに比してやや大き過ぎる傾向があり、右側の小柄櫃と角印銘、そして左側の蝶は鐔の大きさに比して大きく鈍重な配置です。❷・❸とも比較してくだされば、バランスとしての不調和がある事を感じとって頂けると思います。

 

さて、最後のつめに参りましょう。❷と❸は伯仲した出来ばえに思えますが、例えていうならば❸が一枚も二枚も上手なのは明白です。

これは次の二点の見所で確定出来ると思います。

第一は、夏雄の角印銘です。鐔の右下にほとんど同じ所に配置してあるものですが、刀の銘字を鑑るのを仕事としている私からいえば、❸の角印銘が字体としても端正でシャープであり、際立った感じが強いのに対し、❷は字体に強弱があり過ぎ、字体にも端正さがほとんどなく不明瞭な画があります。故に❸の方が秀れていると考えるべきです。❶は一見して端正さもシャープさも全く感じられません。

第二は❷にあって、❸にないもの。これは鐔の表面(地)に施された不定形な打込状の所作です。❷と❸ともに(❶も同じ)何の模様(図)がない所(鐔の上半分)に、どの様な意図があって❷には不定形な打込模様を施したのでしょうか。

理由があって無模様の空間(地)を残したのに、何故その様な所作をするのか。一般的に考えれば、無模様よりも何かしらあった方が良いというような陳腐な甘い、間違った感じを持ちやすいかもしれませんが、よく考えてください。どうして膨大な枚数の下絵を書いて、最終の一枚の下絵に行きつかざるをえなかったか。つまりは、最少の空間を使って、最大限の効果(立体感・躍動感)を見る人に感じてもらう。この一点に尽きるのです。元来、ほぼ二次元の鐔に三次元の世界は絶対に表現出来ません。しかし、人間の眼の盲点というか、決め所、押さえ所を効果的に捉えれば十分に表現が可能になるのです。したがって❷にある不定形の折込は、間に合わせの装飾のつもりで作者?はサービスしたのかもしれませんが、却って墓穴を掘ってしまい、逆効果となっています。こうした所作を超一流作者は決してやらないと思いますし、仮に他に所作を考えてもせっかくの図が煩雑になり過ぎるでしょう。

また、以前刊行された夏雄の作品集で解説されている様に、この打込は無限の空間の拡がりを表現しているとする見方もありますが、他の夏雄の作でこの様な空間表現としての打込は見た記憶がないと思います。

 

最後になりましたが、鐔そのものの形としては❶〜❸まで下方が張った障泥形(あおりがた)ですが、表裏の図柄を一番安定的にみせて、ひき立てているのは❸と言えます。

以上の理由から三面の内のNo.1は❸に軍配をあげざるをえません。
(文責 中原信夫)

ページトップ