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INTELLIGENCE

+ 鎺の話〜その1

Copywritting by Nobuo Nakahara

 

刀の愛好家でも鎺の重要性を本当に認識している方は、はたして何人おられるでしょうか。鎺は刀身を固定し、特に刃区を保護するもので・・・という事はご存知でしょう。しかし、鎺は刀身が打突で受けた最初の衝撃をうまく吸収し緩和するショックアブソーバーの機能がある事は、あまり語られません。

では写真Aを見てください。金着二重鎺の内部を台尻(だいじり)から貝先(かいさき)に向かって写したもので、写真Bは上貝(うわがい・上蓋)を外して下貝の棟方を貝先に向かって写したものです。

 

写真A・Bに写っている棟方(刀身の中心の棟に接する部所)はデコボコ(凹)していて、何となく違和感というか、手抜細工ではないかと思われる読者の方がおられると思いますが、これは手抜ではなく、見事な昔の職人の技なのです。元来から鎺に使う素材は素銅であり、それを熱して叩き締めてピッタリと収まるように細工をしていくのであり、それによって素材の素銅に少しバネの様な効果が出てきます。つまり、熱して叩き締めをしないと、素銅は徐々に緩みますので、鎺の下地がガタつくのです。そして、棟方のこの凹は、この部分にさらにある程度のバネ的な役目が出現することとなり、鎺全体がショックアブソーバー的なものになる一つの役割があると、今から30年程前に大先輩で柄巻の職方の方から教わりました。

しかも、この様に加工する事で、多少なりとも材料はエコになり一石二鳥という訳です。あまり言いたくない事ですが「昔の職人は材料を惜しんで手間を惜しまない。今の職人は材料を惜しまず手間を惜しむ。」ということになってしまいます。

 

それから、昔の鎺は総体に下地が薄目に出来上がっていますが、これは前述の理屈と同じです。つまり、刀身が受ける衝撃の最初は、この鎺に集中してくる訳で、鎺全体がバネ状になっていなければ衝撃を全部でなくともやわらげられませんから、鎺の下地が過度に分厚く作ってあれば、衝撃吸収の効果があるどころか、逆効果となってしまいます。

もちろん、下地を分厚く作る方が安易な技術で出来ますが、適度(性能と経済的)に薄く作るのは高技術を要求されます。

この様な点を読者の方に予備知識として知ってもらえれば、日本の文化や技術は極めて高いという事がはっきりと理解していただけるかと思います。

 

また、後日の本欄でも触れますが、A・Bの鎺は金着(きんきせ)です。別に金がいいと言っているのではなく、下地にどうして難しい仕事(二重構造)をしたのかです。どうして薄い金属素材(多くは銀・赤銅・金)で鎺を包み込んだかです。何らかの理由があっての細工でありましょう。

つまり、薄い金属板で包み込むことにより、鎺本体と拵の鞘の鯉口の収まり具合が良くなるからです。前述の鎺の部分名称に上貝・下貝という表現がありましたが、貝は“蓋”とも言います。この貝の文字が良く鎺全体の肉置を表現しています。つまり、昔の鎺を上(棟側)から見ますと、鎺の表面(両側・表裏)が何とも言えない肉(アール)が付けてあるのです。

現今の鎺にはこうした肉置は殆どなく、直線・平面的になっていますから、台尻の辺と鞘の鯉口の部分が接触して、擦り減るとすぐに刀身が鞘走ることになります。こんな状態では昔なら通用しません。鯉口の内部(鎺袋)と鎺はピッタリと接し、堅くもなく、緩くもなく、拵を下向けても刀身は鞘走らず、それでいて鯉口はすぐにサッと切れる状態が理想です。こうするために、鎺全体の肉置を、まるで貝の肉置のようにしてあり、さらに金属の薄板で包み、クッションと密着性を兼ね備えたものに仕上げたと考えられます。
(文責 中原信夫)

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