INTELLIGENCE
+ 柄下地の工夫〜その1
Copywritting by Nobuo Nakahara
拵の話というのは極めて難しいものがあって、製作地、製作年代等が確定しているものがほとんどありません。しかし、大名家、とくに大藩の売立目録とかにある拵は、どの時代の殿様の指料などが、はっきりと決定、確定しているのがあって、大変参考になるのですが困ったことがあります。それは、高価な金具等を使用した拵は、後世まで、十分に保存されやすいのですが、そんな拵は特注の中の特注。大多数の侍が指した拵はそうはいきません。
つまり、当時の原形がほとんど残されていない傾向が極めて強いのです。そうした点を必ず考慮した上で判断しないと大変なことになります。
さて、A-1を見てください。これは、打刀拵の一部である柄の付属の「縁」を外して真上から写したものです。A-2は指表から、A-3は指表の縁が入っていた所を写したものです。(この写真は倍率が区々である点を御了承ください)
この三つの写真を見て、?と思われる方は、普段からよく柄、そして柄下地を観察されている傾向が強い方です。多くの柄下地と少し違う点があります。それは、本来、縁の下になる部分には柄下地の木(ほとんどが朴の木)がそのまま残されているのですが、Aでは何か黒い色があります。つまり、黒漆が塗られています。
しかも、縁の天井金の内部と接するところにも塗ってあります。当然、縁を取り外した時にでしょう、その黒漆塗が剥がれたところ、特にあたりやすい縁の刃方、棟方の所の剥がれ方が大であり、天井金と接する所は他と違って平均的によく残されています。
では、Bの脇指拵の柄を見てください。B-1は柄全体(指表)を写したものです。B-2と同じ向(むき)から写し、B-3は、指裏側の向で写したものです。Bの柄にはA-1と同じ所には漆は塗っていませんが、その他の所にはB-2・B-3ともに漆を塗っていますし、各々に金具(縁)の取り外しによって、かなり漆が剥がれた部分がありますが、不自然な剥がれ方ではなく、自然な擦れによるものです。
この様に、縁の内部に収まっている柄下地に漆が塗られている例は決して多くはないように思います。私も最初からこうした工作が施してある例を、ほとんど記憶していません。
では、何故、このような工作を施したのでしょうか。私はどう考えても、柄下地が長年の間に変化するのを防ぐ目的があったと思っています。柄下地が変化しやすいのは、縁が収まって木地が露出しているのと同じであるこの部分であり、他は革か糸等で、中には鮫皮等で巻込んでいますから、下地の変化はしにくいと考えられます。ただし、その巻いた部分の下地にしても変化することは十分考えられますし、現に変化した例を見かけます。このように、柄下地が変化すると、柄本来の役目が十分に発揮できなくなります。
以上の理由から、武用を考え、そしてA・Bのような工作を施したのではと推測しています。
(文責・中原信夫)