INTELLIGENCE
♯ オマケが付いた古そうな鐔箱と箱書
Copywritting by Nobuo Nakahara
先日、知人から古そうな桐製箱に入った鉄鐔を見せられて、意見を求められた時の事を紹介しておきたい。
その鉄鐔は薄手で扁平な肉置のもので、耳の周囲に銀象嵌のある無銘のもので、直径は8センチを超えるものであった。その鐔を収めた箱には西垣勘四郎との極が墨書きしてある。最後に「西垣四郎作」という箱書者の名前があった。これは“にしがきしろさく”と読む人物で、肥後国西垣勘四郎からの系統で幕末から明治末頃まで存在した人物であり、明治維新後は金工をやめて刀剣商に転じた人物であり、当時に経眼した刀の押型集も残した。
私の知人の相談は、この箱書が正真か否かであったのだが、これはすぐ判明した。つまり×である。この西垣四郎作は明治末頃まで生存したとされているから、箱書をしたならば当然、明治頃である。しかもその箱は古く見えるような色合いになっている。当然、そのくらいの時代はあるように見えるし、第一に今の人達は西垣四郎作の名前も知らないし、まして筆跡も知らないから、一応○かなあと思うであろう。では私が何故、この箱書(極も含めて)を否定したのか。それは鐔箱が近頃の作であったからである。
鐔箱はよくみる手のサイズであったが、明治頃なら桐板を必ず竹釘でとめるはずである。これは掛軸の箱もすべて同様。この箱は竹釘を使った形跡は全くなく、おそらく接着剤で接着してあるはずですから、製作年代は最近と考えられる。
それと、古い箱は肉取が上手く、微妙なアールをとった上蓋(うわぶた)となるが、この箱はそんな肉取はなかった。これが次の決手である。しかも、この箱は全面(外側も内側も)が古く見える色合いになっていたのも×である。本当に古いのなら、外側は古く見え、内側はそうでない様になるべきはずである。
したがって、箱書も全て×である。しかし、おまけがあった。この鐔は最近の特別保存刀装具認定で無銘西垣勘四郎となっていた。一応、刀剣小道具の社会で、西垣勘四郎と極めれば初代となり、江戸最初期となる。まさか、中心櫃の下部にある“責鑚(せめたがね)”の形や個数から初代勘四郎と認めたのではないと思うが・・・。しかし、そうなら幼稚きわまる鑑定であろう。おそらく、この西垣四郎作の偽箱書を正真とみた上でのものではないかとも思うが・・・。
では中身を他の鐔と入れ換えたのであって、この箱書のみは○となるか。絶対に正真箱書ではない事は、前述の通り。
因みに中心櫃の下部にある責鑚の形や個数で作者がわかるという事は、多分『肥後金工録』にある見所だと思うが、この本は肥後金工・楽寿が述べた見所とされている。しかし、よく考えて見なさいよ・・・そんな秘密をバラしたら、後でそれを偽作するのは明白。まして口の堅い職人が、大事な見所を簡単に教えますかね。この本の著者もコロリと騙されていると私は思うが・・・。
(文責 中原信夫)