INTELLIGENCE
♯ 視力
Copywritting by Nobuo Nakahara
現代社会はIT時代というが、我家にはパソコンもないし、回線も引いていない。したがって本欄を見たくとも我家では見られず、第三者にダウンロードしてもらった印刷で見ることになる。スマホも持つ気はなく、この仕事も研究も全て頭の記憶で動いている。
こうした時代遅れの生活は若者から見ると?だろうが、私は唯一の考え方があってパソコン等を導入していない。何故か、それは私の眼を守るためである。どんなに技術が進んでも人間の眼に匹敵するものはおそらくできないであろう。
私は師の村上先生をはじめ、多くの先人、先輩を見続けてきたが、失礼ではあるが何か失敗するとか、鑑定に?を起こさせる様な仕儀に至る唯一の原因は、その人の視力の低下と衰えにあると思う。
細かい作業をする研磨や鍛冶、そして刀を小道具を見る私達の共通項は正確な視力であり、メガネを通さない実像画像であろう。そうした点から言うと、遠視メガネを使用すれば先の方は見えても、鎺元が、中心が見えない・・・という事になって、刀そのものの全体的なものが理解しづらくなる
私は今年(平成二十七年)64歳であるが、裸眼で一応何とか見えるし、さしたる不自由はない。しかし、40年以上にわたり押型をとってきたが、視力というか、眼の耐久力が若い時に較べてなくなってきた。若い時は刃文押型は何本でも連続して描いても別に焦点はボケなかったが、今は一本の刃文描写が限度。したがって、最近は刀の外形を前もってとっておいて、別の日に刃文描写をする。しかも、刃文の細かい所作を昔は正確に正確にという考えでとことん追求する姿勢であったが、最近は「もうこれ位で…」としてやめてしまう事もあり、若い時の押型を見て、今の自分には描けない思う事もある。技術は全く劣ってはいないが、眼(視力)の耐久力が続かないのである。全くもって情けないし、腹立たしい気持が多くあるが、致し方ない事。それでも20分位すると回復するので決定的な支障は少ない。
以上の訳で一日中パソコン等に向っている若い人はメガネをかけているケースが多くある筈で、研究会においても、メガネを着用している人の割合が昔に較べて多いとは思いませんか。もっとも、パソコンが我家にはないから、私の悪口をいくら書いても、私自身は全く見ませんので念のため・・・。
(文責・中原信夫)