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INTELLIGENCE

♯ 雁皮紙

Copywritting by Nobuo Nakahara

 

私の師・村上孝介先生のことを知る人も殆どいなくなり、そのうちに私も同様になるのだろうが、ひとつ私の先生の話を書いておく。

 

先生は文房具でも何でも、一番上等な物を使っておられたが、先生の事務所の中に襖より少し小さい和紙がまとめて丸くした物があった。それで刀の押型を採ってみると、石華墨ののり具合も良いし、中でも刃文描写の折も鉛筆ののり具合が最高に良く、匂口を正確に表現でき、強靭な紙質であったので少しずつ使っていた。その後、先生の没後、この紙を2枚つないで刀の全身押型等に使い、切端は押型に余すところなく使っていたが、残りが殆ど無くなり、補充すべく紙片を持って東京・日本橋の専門店である「榛原(はいばら)」まで出掛けた。というのは、先生はよく老舗の紙店「榛原」で買っておられたのを知っていたからであった。そして、この紙片を店員に見せて「同じ物を…」というと、店員は奥に入り代わりに年配の店員が対応してくれた。

 

その年配の店員が「こんな紙を何処から入手したのですか?…。お客さんはこの紙の事を知っているのか?…」と言われたが、私は「わからないから此処へ来た。ここの店ならわかるだろうと思った…」というと、その店員は「うちの店には、こんな紙はない。特殊な紙ですからね…。」

私は更に「どう特殊なんですか?」と聞いたら、「これは雁皮紙の分厚い物で、おまけにドウサをひいたものですよ…」と、教えてくれた。もう35年程前なので正確には覚えていないが…。ドウサとは、膠(にかわ)の事で、表具などで色留として使われるものであるという。つまり、超高価な和紙である事を私は知らずに使っていたことになり、先生にすまない気が今でもしている。

 

でも本当に押型にはこれ以上はない最適の紙であった。ただ、先生はいつ頃、お買いになったかは聞いてはいないが何枚も丸めてあったから、何かに使われていたか、使う予定であった筈。

それにしても、今どきの和紙の質の悪さとくれば、本当に情けない限りではあるが、これには続きがあるので次回に…。
(文責・中原信夫)

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