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+ 装剣具(小道具)について

Copywritting by Nobuo Nakahara

小道具というと、刀剣社会では鐔・目貫・縁頭・小柄・笄などのことを指すのですが、どういう訳か近年は愛好家が甚だ少ないのです。私は一般的に刀好(かたなずき)と思われていますが、小道具はそれ以上に大好きなのです。そんな私が、本欄では一応毎回、その小道具や、拵についても順次書かせて頂く事になりましたので、どうかよろしくお願い致します。

 

さて、小道具についてまず述べておかなければいけないことがあります。残念な事ですが、刀や他の美術品と同様に偽物が多いという点です。当然、高価に取引される有名金工などには、偽物が本物より何十倍もあると心得て頂かないといけません。万が一、それらの偽物に認定書なるものが付いていれば、なおさら厄介な事になります。

では、どう対処すれば良いのかという事を述べなければなりません。つまり、認定書等の有無にかかわらず、小道具そのものの出来の良し悪しを判断するのが特効薬であり、それしか残されていないと考えるべきです。認定書は最初の正真保証のフィルターではなく、最後の「おまけ」のフィルターなのです。

 

全ての小道具には図柄があります。その図柄というものを、つまりは図柄の取り方が良いか拙劣(悪い)かを判断するのです。小道具における図柄の取り方は、建築でいうなら家の設計図そのものでしょう。設計図がまずければ、その家は使いにくく、無駄が多くなります。しかし、家にしても鐔にしても限られた敷地、大きさに最大限の能力を収めなくてはなりません。本物(正真物)、ことに一流の作者とされる工人の図柄(設計図)には全く無駄がないし、「ゴマ化し」もありません。さらに極言するならば、最小限の図柄で最大限の効果を見せる様に設計するのです。つまり、これ以上の設計変更は不可能という極限にまで図柄をデザイン化してしまう事も多く、したがって工人が実際に鐔を作り始める前には、膨大な枚数の下絵(したえ)を描き、試行錯誤を繰り返すのです。しかも、一流とされる工人は同じ題材(図柄)にしても、全くの同図は絶対に採用しないと考えるべきです。同じ工人作に、よく見かける同図、同図柄は、数物か偽物であると見た方が良いでしょう。こうした点をよく理解して頂かないと、重大な勘違いを招来することになってしまいます。また、それらの下絵が現存する例もあって、なかなか興味が尽きないものですが、逆に下絵に載っているとされて、安心して購入したら、その下絵が?だった……なんて事もあり得るのです。

 

私の手許に水戸金工の最終下絵があるのですが、それは絹本(絹布地)に極彩色で描かれたものです。それ程、工人は図柄に執着した、いや、しなければ良い作が出来ません。つまり、最終的にこうやると決めた図柄は、絶対に変更不可能になる訳で、全く同図柄で、ほんの一部分をアレンジして変化変形させたものは存在しません。存在する筈がないのです。

この点については今少し説明が必要でしょう。何故、図柄を何枚も下絵にしていかねばならないのか・・・つまり、鐔の限られた広さの中に、図柄を写実的に限った表現は出来ないし、仮に写実に徹しようとしても図柄の細かさや、立体的な厚み空間などは表現不可能です。そこで、図柄をデザインして、省略したり、肉をつけたりして、それらの写実を小さな鐔という限られた領域に『いかにもあるが如く、又、躍動するが如くに見せる』。これがデッサンの効果であり、ひいては表現力として見る側の人間の感覚に訴えます。その感覚に訴える力が大きければ大きい程、その作品は名品・名作とされるのです。

 

こうして心血を注いで作られた小道具を武士の表道具の大小拵に装着したのです。もちろん、この様なものは高価でもあり、禄高の低い武士の大小には使用出来ないので、いきおい“それなりの小道具、数物かそれに近い小道具”が装着された拵にならざるをえません。

現在はとても結構な世の中になり、超セレブな武士階級の使用した小道具を私達も入手可能であり、これ程素晴らしい趣味はないと言っても過言ではありません。こうした点をも含めて、皆さんに小道具を十二分に楽しんで頂く事を切に願っています。
(文責 中原信夫)

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