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+ 『肥後金工大鑑』について

Copywritting by Nobuo Nakahara

表題の『肥後金工大鑑』(以下単に“この本”とする)は昭和39年に刊行された大作であり、一冊の本として当時の総力を結集して作られた権威あるものとされています。したがってこの本は、以後の日刀保の重要指定物件の根拠ともなり、というか意識的にこの本に所載された名品という説明がなされる傾向が段々と多くなってきているようです。もっとも、この本だけではなく、過去に出版された本に所載というだけではありませんが、とにかくよく利用される傾向も否めない現状ではあるようです。

では、この本はそれ程の権威と信頼度があるのだろうかという点について私見を述べてみたいと思います。

 

私の師・村上孝介先生は、この本の関係者で出版委員の一人でもありました。さて、この本の編集会議は日刀保で開催され、何度もこの本に所載する物件の当否について議論をやりました。ただし、色々な思惑・利益も絡んで意見が分かれるのは。この世の常であって、そこに妥協も生まれてくる可能性も十分にあります。しかし、疑わしきは所載せずという態度は、危険は伴っても、ある意味においてデメリットは最小限に抑えられます。

ではその逆の事になれば、その影響は際限なく拡がっていく可能性が出てきます。これは致し方ないことですが、せめて出版委員の全員一致を原則として世に問う本として誕生させないと、何の功績もなくなるでしょう。

しかし、事実はそうではありませんでした。勿論、以下の話は今ではほとんど知られていない事実です。

つまり、最終の編集会議で所載を見送るべき物件として全員一致したはずの、かなりの件数が、いざ印刷されたこの本にちゃんと所載されていたのです。

 

これは印刷所のミスではありません。昔、某先生が偽物の〇〇を自著に所載していましたが、他人から指摘されたのでしょう、印刷所の手違いで所載してしまったと弁解したのとは違っています。これの場合は、該当の刀をすぐに特定できます。しかし、この本に所載を否決された物件は特定しにくいのです。というのは最終会議の結論を無視した張本人が、この本の割付(わりつけ)をはじめ本を実際に作る校正にまで関与していた責任者だからなのです。

村上先生はどの物件かを知っておられたはずですが、その個々については私は詳しくは聞かされていませんが、私が知る必要はありません。というのは、この本の出版委員(村上先生も含めて)全員の肥後物に対する考え方、捉え方は、現在に至ってはもう通用する事が出来にくくなってきたからで、例え全員一致の物件であっても再検討されるべき時代がきたということです。

この点については『新説刀鐔考』で著者の鶴飼富祐氏が肥後物に言及しておられるのを参照してほしいしと思いますし、私の出していた『とうえん』誌にも同氏が述べられています。また、別次元のことではありますが、非破壊の金属検査が発達してきて、この本の所載物件が精査され正確な製作年代の結果が出てくる事になるだろうということも目前に迫っています。この本が正しいのか、またはそうではないのか、両方とも騙されていたのかなのでしょう。

 

ちなみに、この本の編集会議で最後まで所載見送りになっていたが、結局所載されてしまった物件(複数)には、主に後(あと)象嵌が施されていたのです。しかし、その後象嵌をされた物件の所有者は札付の刀剣商でもあり出版委員の一人でもあったのです。

無断で所載を強行した責任者とその刀剣商とは懇意の関係。後象嵌をさせられた工人は有名な工人でしたが、後象嵌をやらせたその札付刀剣商に一生つきまとわれていた事も地元の戦前からの古い愛好家はよく知っていましたし、私もその工人の娘さんに会ったこともあり、その折の話にも興味深いものがありました。しかし、もう全ての関係者はあの世にいかれた現在、金科玉条の如くに、この本を大義名分(拠り所)にして愛好家を煙にまく事は許されなくなってきているのです。

お断りしておきますが、この本に所載の物件全てが?または×であるとは言っておりません。念のために申し添えておきます。
(文責 中原信夫)

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