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INTELLIGENCE

♯ 砥石

Copywritting by Nobuo Nakahara

砥石について少し話をしてみたい。勿論、私は研職ではないので、全く素人であるが、今迄に見聞きした砥石に関する事を書き留めたいと存じます。

さて、現今、研に使う砥石、殊に内曇砥の不足が叫ばれているが、本当にそうなのかは私に実感は少ない。では、この内曇砥というのが昔から使用されているのかというと、案外そうではないとの指摘がある。これは私が信頼を寄せている研職の方から十年程前に聞いた話。

皆様は一度は見ていたかも知れないが、名古屋にある徳川美術館の蔵刀。これらは今時の研様式ではなく、昔の状態を殆ど保っている貴重なもので、一般的には差込研ともいわれるが、どうもそうではなく、鳴滝という砥石で仕上をしていると思われるとの由。

極上の鳴滝砥で仕上げてみると、現今の差込研に近くなるようで、内曇砥は使っていないとも考えられる。勿論、鳴滝を使う工程までには、やはり極上の細名倉砥で処理しなければいけない筈。

 

この話を聞いて思いあたった事がある。今から二十年以上前、重文指定の尻懸則長を拝見した折にみた研の状態が、徳川美術館蔵刀のそれらと同じ感をもった。私はその則長を差込研の古いものを見ていたから気付かなかったが、前述の話を聞いて、すぐに則長の研状態を思い出したのであった。

私達は内曇内曇と教え込まれているので、どうしてもそこから離れられない。併し、文献上には私達が全く見た事も触ったこともない名前の砥石がある。例えば、“ミコノハマ”という砥石であるが、江戸末期の某地方刀工の文書にも出てくる。当然、他書から探してみれば出てくるであろう。

では何故に内曇砥が使用されてきたのであろうか。それは極上の鳴滝砥が無くなったからである。但、刀の研には不向きな硬い鳴滝砥や、それに近いものはある様であるが、刀に使える鳴滝砥は全く見当たらないのが現状であり、かなり以前からそうした状態であったという話である。

 

砥石は堆積岩であって、それは堆積した泥のようなものである。従って天然に由来するもので、その堆積層は少しの厚さでもその性質は違うとされている。つまり、鮪の肉のようなもので、赤身・中トロ・大トロと同じで、一体となった幾層にもなった岩であるから、私達にも判別は全く不可能。それに加えて、砥石だけは使ってみないと判りません、という研職の方の意見が多く、高値で買った(買わされた?)砥石も、使ってみたらアテが外れ、あとは縁の下、床下へ放り込む。漬物石にもならない、と昔から言われる。

仕上の砥石ではないが、荒砥である天草砥。天草砥というと、黄白色に茶色(鉄分)の縞模様の入った砥石と思っていたら、本当の天草砥はそんな色ではなく、白色のもので縞模様など全く無いものと教えられた。そして、その一丁を知人の研職の方からかなり以前に頂いた事がある。尤も、伊万里焼に使う陶土は、こうした白い石を砕いたものであり、現在も天草下島の高浜で産するという。

 

さて、その天草砥かどうかは知らないが、古い知人から聞いた話。その知人の師である研職の先生、もう物故されたが戦前からの家業を引継いておられた。その方が浅草あたりの荒物店(と聞いたが、これは私の記憶違いかも)に入ったら、荒砥が何丁も置いてあったという。その荒砥を一丁ずつ指に唾をつけて触っていたら、店主から叱られた。すると、その研職先生は唾を付けた砥石全部を「頂きましょう」と応じられた由。結果、その砥石は果たして使いものになったかどうかは聞いていない。

 

この様に砥石については、研職の方達から話をきくと、膨大なエピソードが出てくると思うが、仕上用の砥石になればなる程、買う時はバクチである。現在は名倉砥あたりまで人造が出ていると聞くので、今のハイテクで早く鳴滝砥に近い人造砥が出来ればと願っている。何故、人造砥かというと、天然砥では全てバラツキがあって一定ではないので、研の状態が一定でなくなる。人造砥なら、かなり品質が一定に出来ると解釈するならば、研の状態が一定に近くなり、刀の本質が一定の状態で見えやすくならないかという希望である。これは飽く迄も私見である。

それと、もっと地下を探せば砥石は出てくると思うので、そうした点も刀剣界全体で何とか出来ないものかとも思うが、これは大金がかかりすぎて、駄目だろうな・・・、何とかならないものかと思うのは本音。
(文責・中原信夫)

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