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INTELLIGENCE

♯ 印刷

Copywritting by Nobuo Nakahara

私は本の印刷についての専門家ではないが、最近の印刷は昔に比べてかなり小奇麗になった。奇麗ではなく“小”をつけたのには訳がある。昔に比べてといったが、印刷で何十年も前の活字印刷を採用している所は、おそらくもうないだろう。全てオフセット印刷になり、全てが平均点の仕上り具合になった。また、活字といっても、わかる人は少なくなり、レコードがCDに、録音テープや写真フィルムがSDになったのと同じであろう。私がいう昔というのは活字、レコード、テープ、フィルムの時代という事である。

 

5年程前と思うが、大きな骨董市に出かけたら、活字が大量に売られていた。私はそれを見て何となく淋しい気持になったのを憶えている。この活字を使った印刷は熟練の職工さんが一つ一つの小さな角棒状になった活字をピックアップして、それを定形サイズに平たい版に組んでゆく。フリガナなども横に入れる。その技術はもう今となっては神業に近いもので、それを継承している職工さんも機械もないと思う。したがって、本の初めての校正が来て、文章を大きく変更しようものなら、とたんに印刷会社から文句が来て、追加料金という羽目になる。

確かに、活字にしても大きさも何号というサイズが多くあり、字体も沢山の種類があって、最初にそれらを原稿で指定するのが決まりであった。勿論、改行したりする所を予め指定するのであり、黙々と職工さんは指示に従って活字を組んでいく。全く頭の下がる仕事であった。

また、単に活字といっても、専門書に使ったり、特殊な字は活字を作っている所へ何個単位で印刷所が注文する事になり、ただ活字というだけの存在ではなかった。

 

今から四十年近く前、私は東京の市谷や神楽坂の近くに住んでいたが、確か早稲田の近くにS活字屋さんの店があったと思うが、もう廃業しておられるだろう。

今は便利で、ボタンを押すだけで画面に文字が表れ、そしてすぐ印刷出来るシステム方法であるが、それだけに文字一つ一つに「力」がなく、全てリトグラフ的なものになった。人間と同じで、昔の様に「クセ」はあるが「能力「才能」も並外れた人材が少なくなったのと同じといえば失礼になるのか?・・・。
(文責・中原信夫)

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