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INTELLIGENCE

♯ かつて、乞食が焚火をした正倉院の床下

Copywritting by Nobuo Nakahara

先般、知人にネット購入してもらった本の中に『真贋ものがたり』(三杉隆敏著・岩波新書・1996年刊)があり、興味深く読んでいると、奈良の正倉院のことが書いてあった。奈良は私の故郷でもあるが、東京に住んで40年以上となった。何となく、いつかは故郷へ帰るという漠然とした“想”があったが、なかなかその“想”が果たせない。

 

さて、同書116頁に「今でこそ宮内庁の管理下にあり、秋の曝涼の時期以外には近づくことも許されず、しかも内蔵品は別棟のコンクリート製の蔵で湿度も機械的に調整されているが、かつては高床式のこの下で乞食が暮らし、焚火をしていた跡があるとの事である。」と記述している。この著者は、乞食が焚火をしていたという様なことを誰から聞いたのか、恐らく宮内庁職員の伝聞か、それも古い時代の職員からであろう。その痕跡など著者といえども探ることはできないと思われるが。

 

この話が真実か。焚火の痕跡があるのか、どうかという人もいようが、これは事実の話。民間人が実見しているのである。しかも、その民間人はいたって信用に十二分に足りる人物。何を隠そう、私の母である。

母は、昨年平成26年7月に96歳で亡くなった。母は、大正6年生まれで、奈良女子師範で学んでいた当時は寄宿生活をしていた。その時に、この乞食達の焚火の状況をよく見ていたらしく、私は小さい時から何度も聞かされた。従って、母の年代以上で正倉院近辺にいた人達は、必ず実見していると思われる。

 

また、同書では、昔に正倉院では火災や雨漏、盗難等があった事があると記述している。火災や雨漏は防げるが、盗難はどうにもいただけない。有名な“ランジャタイ”という香木が正倉院にあって、織田信長が切り取ったとか、云々の書付がその香木に貼付されているというが、最大権力者にしてもほんの少ししか削り取っていない貴重な香木・・・といわれるが、もっと多く削り取っていても名前が出ていないヤツが必ずいる。

倉の鍵を持っていた管理人やその周辺の人間であろう。
(文責・中原信夫)

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