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太刀・刀 “うもれし”一振

肥前国住武蔵大掾藤原(以下切) 寛永三□二月吉日

商品番号 :B-032-K-061

江戸初期 肥前 保存刀剣 白鞘(探山鞘書)

2,200,000円

刃長:64.7 cm 反り:1.3 cm 重ね:0.73 cm

体配
本造、庵棟、中心は1寸強磨上、孔は二つ、鑢目は切り。
地肌
小杢目良く詰んで精美。武蔵大掾時代の忠廣にみる典型的な鍛え。元辺に小板目が流れ地景出る。
刃文
匂本意の穏やかな中直刃でゆったりと湾れる。匂口深く僅かに錵づく。
鋩子
掃きかけて少し深く返る。
備考
身幅広く重も厚い、そして中切先が延びごころになる体配は武蔵大掾の特徴をそのまま表している作です。1寸ちょっと磨上ていますが、それを感じさせない健全度が、本刀の良い点です。加えて地鉄の良さも見物です。中心以外は申し分ない状態で、大事に後世に残したい一振りです。

名誉の傷を負った忠廣

ここに紹介するのは武蔵大掾忠廣の刀。中心に疵を持っています。加えて1寸強の磨上です。当店で磨上した刀を取扱うことはほとんどありませんが、今回はちょっと特別です。中心にある疵・・・上の目釘孔辺に出た錆によって少し朽込が見られます。残念です。中心尻を見ると磨上られて「忠廣」の銘がなく、磨上の処理も上手とはいえません。なぜこんな状態になってしまったのでしょう。初代忠廣ですよ! 現在ではありえない処置です。
不遇の本作・・・原因は、日清戦争にありました。実はこの刀、サーベルに入れられていたのです。サーベルに合わせるために中心を切断されて銘が欠落。めでたく戦争に勝利してお役御免かと思いきや、勝利の証として鼓舞したのかサーベルに入れられたまま、その任を解かれなかったのです。サーベルですよ・・・外地で、原野で、場所を選ばず任務の度に同行し、風雨を受ける運命です。そのままに保管されていたら錆びます。そして朽ちます。愛好家としては悲しくなります。しかし、想像してください。当時、急遽、出征が決まって軍刀が必要に・・・手元に忠廣があった。長光や景光ならやめた筈です。現在では新刀ですが、明治頃ではまだ現在の新々刀ぐらいの感覚です。躊躇なく加工したことでしょう。おまけに時間もありません。長さ合わせに中心をバッサリ、処置もほどほど、そして戦場へ。・・・そんな経験を経てきたのが本刀なのでしょう。
いやはや、かなり悪く書いてしまいましたが、本刀はまだまだ健全です。中心の錆・朽込は、それほどでもなく忌み嫌うほどではありません。磨上は嫌うものではないし、本刀は折返銘にするのには年紀が邪魔になるので、この様にしか出来なかったのでしょう。上身は申し分ありません。中心が健全ならば重要になっていてもおかしくない出来です。
それにしても忠廣をサーベルに入れた御仁は、余程の名家、由緒ある家柄と思われます。扱いも如何仕方ない行動であり、当の忠廣も納得の奉公だったことでしょう。本刀の疵、それは「名誉の負傷」とでも評するのが妥当かもしれません。(本刀・忠廣に代わり店主が弁明)

中心の目釘孔周辺の錆状態。朽込も限定的で現在は良い状態でを保っています。普通に管理していればこれ以上進行する事もなく、問題ないでしょう。磨上の処理で銘が切断されたのが二文字だけで済んだのは幸いです。中心尻を栗尻にしたのはなるべく銘を残したかったと考えられます。

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